未登記借地権を信託財産とする家族信託
- 公開日:
- 更新日:
はじめに
家族信託(民事信託)を活用した財産管理・承継対策が広まり、不動産を信託財産に組み入れる事例も増えています。その中で借地上の建物を信託するケースでは、土地の使用権たる借地権も併せて信託財産に含める必要があります。しかし、借地権が未登記の場合(未登記借地権)には、第三者への対抗要件や信託登記の可否など特殊な法的問題が生じます。適切な対処を怠れば、信託後に第三者に対して権利主張できないリスクや、受託者の義務違反と評価される恐れもあります。
本稿では、未登記借地権を信託財産とする家族信託に関する法的論点と実務上の判断指針を、専門職(司法書士・弁護士・税理士・不動産実務家等)向けに体系的に解説します。現場で適切な信託スキーム設計・対応ができるよう、関連法規と学説、実務対応策を具体例とともに整理します。
借地借家法10条:未登記借地権の第三者対抗要件
未登記借地権と対抗要件の基本
借地権とは、「建物の所有を目的とする地上権または土地の賃借権」を指します(借地借家法2条1号)。借地契約に基づき土地を使用する権利ですが、契約当事者以外の第三者(例えば底地を取得した新地主や底地に抵当権を設定した金融機関等)に対してその権利を主張するためには、対抗要件を備える必要があります。民法上は土地賃借権(債権)の登記によって第三者対抗力を得られるとされますが(民法605条)、実務上地主の協力を要する賃借権の登記は稀です。そこで特別法である借地借家法は、借地権の対抗要件に関し次のような特則を設けています。
借地借家法10条1項(借地権の対抗力)
借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。
つまり、借地権者が当該土地上に自己名義で登記した建物を所有している限り、借地権自体の登記がなくても、新たな地主や利害関係人に対して借地権の存在を主張できるということです。この規定により、多くの借地契約では土地賃借権そのものの登記がなくとも、借地上の建物登記によって対抗力を確保する運用が一般的となっています。なお、借地権の種別として物権である地上権の場合は譲渡・転貸が自由で登記請求権もありますが、債権である賃借権の場合は譲渡・転貸に地主の承諾が必要です(民法612条1項)。実際には借地権の大半は土地賃借権であり、本稿でも賃借権としての借地権を前提に解説します。
建物滅失等の場合の留意点
借地借家法10条1項は「建物の存在と登記」を対抗要件としています。そのため、建物が滅失した場合、原則として借地権の対抗力は失われます。もっとも、同条2項により暫定措置が認められており、建物滅失の日や再築予定など所定事項を土地上の見やすい場所に掲示すれば、滅失後も最大2年間は対抗力が維持されます。この猶予期間内に再建・登記すれば従前の対抗力を回復できる仕組みです。
したがって、借地権の対抗力は建物の存否や登記状況に強く依存するため、信託スキームにおいても建物登記の扱いが極めて重要です。特に信託設定時に建物の所有名義人が変わる場合(後述のとおり受託者への名義変更)には、建物の適切な登記移転を怠ると対抗要件を喪失しかねません。家族信託を組成するにあたってまず押さえるべきは、この借地権の第三者対抗要件の基礎と、建物登記の実務上の扱いです。
信託法14条:信託財産性の対抗要件と未登記借地権への適用
信託法14条の規定と趣旨
信託において財産を受託者に移転した場合、その財産が第三者に対して「信託財産に属する」ことを主張するには一定の公示が必要とされます。信託法14条は次のように定めています。
信託法14条(信託財産に属する財産の対抗要件)
登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない
平たく言えば「通常その権利変動について登記・登録をしなければ第三者に対抗できない種類の財産」については、信託による所有権移転等でも信託登記等をしなければ当該財産が信託目的に帰属することを第三者に主張できないという意味です。具体例として信託法14条が想定するのは、不動産・船舶・自動車・航空機・特許権など公的登録簿で権利変動を公示する類型です。これらの財産は本来登記や登録を経なければ所有権移転等を第三者に主張できませんから、信託による移転の場合も同様に信託登記(または登録)を要求する趣旨です。
一方、それ以外の財産(動産や債権など登記制度のないもの)については、信託法14条の「第三者対抗要件」は要求されないと解されます。例えば現金や通常の動産、債権(※債権譲渡登記が必要な一部例外を除く)などは信託財産であること自体の公示は法律上要求されていません。これらは「信託財産に属する」事実を証明できれば、第三者に対してもその主張が通ると考えられます。ただし、後述するように実務上は受託者の他財産と混同しない形で管理すること(明確な分別管理の方法をとること)が結果的に第三者対抗上も重要になります。
未登記借地権への適用をめぐる肯定説と否定説
問題は、未登記の借地権(土地賃借権)が信託財産となった場合に、信託法14条の対抗要件規定がどのように適用されるかです。この点について、学説上は肯定説と否定説が論じられています。
肯定説(信託登記が必要とする見解)
借地権(特に土地賃借権)は本質的に不動産利用権であり、物権的変動に準じて対抗要件を備えるべきだと捉えます。この立場では、借地借家法10条により建物登記で第三者対抗力が認められる場合でも、「土地賃借権の譲渡」という権利変動それ自体は不動産に関する権利の得喪変更に準じるものと考えます。したがって信託による借地権の移転も信託法14条の射程に入り、たとえ借地権自体は未登記でも何らかの形で信託登記(あるいはそれに代わる公示)を備えなければ第三者(例:受託者の一般債権者や転得者)に対抗できないと解します。肯定説に立てば、借地権について信託登記等の公示を欠く限り、当該財産が信託財産に属することを第三者に主張できず、信託財産の独立性(信託法25条)が及ぶ範囲も限定される可能性があります。実務的には、借地権単独では登記できない以上「第三者に対抗できない信託」になりかねず、きわめて不安定との指摘もあります。
否定説(信託登記なくとも対抗し得るとする見解)
これに対し否定説では、土地賃借権は形式的には債権であり民法177条の「不動産に関する物権変動」には該当しないと捉えます。借地権の対抗力はあくまで借地借家法10条によって特別に認められたものであり、建物登記という公示方法で対抗要件が充足されている以上、信託法14条にいう「登記をしなければ第三者に対抗できない財産」には当たらない、と解します。換言すれば、借地権は既に建物登記という対抗要件制度が設けられている特殊な権利であり、信託財産となった場合にも別途の信託登記を要しない(そもそも登記できない)と考えるわけです。否定説に従えば、未登記借地権であっても建物の名義さえ受託者に移せば対抗力は従前通り維持され、信託財産として第三者に主張可能だと位置付けられます。また、借地権が賃借権である場合、そもそも譲渡には地主承諾(民法612条)が必要であり、信託による地位移転時点で地主も関与している(=事実上公知されている)ことから、改めて登記による公示を要求すべきではないとの実務感覚も背景にあります。
統一的な実務取扱いは確立していない。
現状では、この論点に関する統一的な実務取扱いは確立していません。信託法14条の文言に忠実な厳格解釈をとれば肯定説に理があるものの、否定説も実情に即した合理的解釈として有力です。実務家としては安全策として肯定説を前提に対策を講じることが望ましいでしょう。すなわち、信託設定後の借地権について登記による公示ができないのであれば、他の手段で信託財産性を明確化することが肝要です。次章では、信託登記ができない財産を巡る分別管理義務との関係も踏まえ、具体的な対応策を検討します。
信託法34条:受託者の分別管理義務と登記の役割
分別管理義務の概要(信託法34条)
家族信託において受託者は、信託財産と自らの固有財産(および他の信託財産)を明確に分けて管理する法的義務を負います(信託法34条1項)。これは信託財産の独立性を担保し受益者の権利を保護するための重要な規定です。分別管理の具体的方法は財産の種類によって異なり、信託法34条1項各号で以下のように定められています。
登記・登録が可能な財産
不動産・船舶・車両などについては、信託の登記または登録を行うことが分別管理の方法とされています。不動産であれば信託登記、車両であれば信託登録を実施し、受託者固有財産と区別できる状態にしなければなりません。信託契約においてこの登記義務を免除することはできず、仮に怠れば分別管理義務違反に問われる可能性があります(信託法34条2項)。
登記・登録ができない財産
現金・動産・登記制度のない債権等については、物理的分離や帳簿管理によって区別管理します。例えば金銭は信託専用の預貯金口座で管理し計算を明確にする、動産には「○○信託財産」等の標札を付す、債権は信託専用の台帳で管理する、といった措置です。もっとも、登記できない財産については対抗要件の問題が別途生じ得るため注意が必要です。例えば受託者の固有財産と混在して保管されている現金100万円が実は信託財産だった場合、受託者の債権者による差押えに対し「その現金は信託財産だ」と主張しても認められないと解されています。これは、債務者が常に「それは信託財産だ」と差押えを免れることを許せば債権者を害するからです。
したがって、登記できない財産についても受託者の固有財産と物理的に識別可能な形で管理する(場所・方法を特定し信託財産のみを保管する等)ことが望ましく、受託者債権者からの差押えに備える必要があります。
信託法34条と前節の信託法14条は密接に関連します。登記・登録が可能な財産については分別管理の方法と第三者対抗要件の具備方法が一致しており、不動産であれば信託登記を行うことが義務であると同時に、信託財産性の対抗要件も満たすことになります。したがって、信託財産に不動産が含まれる場合、受託者は信託契約成立後速やかに信託登記を申請しなければなりません(所有権移転登記と同時でも可)。実務上もし信託登記を怠れば、「第三者に信託財産であることを対抗できない」(信託法14条違反)だけでなく、受託者の分別管理義務違反にも問われ得ます。実際、司法書士実務でも「不動産を信託財産とする以上、登録免許税の負担に関わらず信託登記は必須」と指摘されています。このように、登記・登録を要する財産については信託登記等による公示が受託者の法的義務であり、信託スキームの安定性を確保する上でも重要です。
一方、未登記借地権の場合は土地賃借権そのものは登記できません。その分、借地権が信託財産に属することを他の手段で明確化し、受託者固有財産と混同されないよう管理する責務があります。例えば後述のように借地上の建物に信託登記を施す、信託目録に借地権を明記する、契約書類や帳簿上で権利関係を区別管理する等の措置が考えられます。これらを講じれば信託登記と同等の効果で信託財産性を示すことが可能です。それでも完全に第三者対抗要件を満たせるかは前節のとおり議論の余地がありますが、少なくとも受託者の忠実義務・善管注意義務の一環として考え得る最善の分別管理策を取ることが不可欠です。総じて、未登記借地権を信託財産とする信託では「信託登記ができない」という特殊事情がある分、通常以上に慎重な権利保全策が求められると言えます。
未登記借地権を信託する場合の実務対応策
以上の法的整理を踏まえ、未登記借地権を家族信託に組み入れる際には以下のような対策を組み合わせて講じることが推奨されます。登記できない権利であっても、可能な限り信託財産であることの公示・証明力を高め、関係者の認識合わせとトラブル予防を図ることが重要です。
(1) 借地上建物の信託登記と信託目録での権利明示
第一に、借地上の建物を信託財産に含め、受託者名義に所有権移転登記+信託登記(信託目録の作成)することが重要です。信託契約で委託者(元の借地人)が借地上の建物も信託財産に指定した場合、信託設定と同時にその建物の所有権は受託者へ移転します。そして受託者は速やかに建物の所有権移転登記を行い、自らを所有者(受託者)とする登記簿に信託の登記(信託目録記載)を加えます。この手続により、建物の登記簿上は所有者欄に受託者の住所氏名とともに「受託者」の肩書きや信託目的等が記載され、当該建物が信託財産であることが公示されます。こうした建物の信託登記は、受託者の分別管理義務の履行として不可欠であるだけでなく、借地権の対抗要件維持にも寄与します。すなわち、借地借家法10条の要件「借地権者が登記された建物を所有」における「借地権者」は信託によって受託者に地位承継されます。そのため、受託者名義で建物登記がなされていれば、借地権の対抗力(第三者への主張権)も従前通り継続するわけです。仮に信託後に底地が第三者に譲渡されても、新所有者は建物登記簿で受託者所有の建物の存在を確認できるため、借地権の存続を否認することは困難です。
さらに、建物の信託登記に伴って作成される信託目録において、借地権も信託財産に含まれることを明示しておきます。通常、信託目録には信託の目的や受益者、信託期間などが記載されますが、借地権付建物の場合には、土地の表示(所在地番・地目・地積)を付記し、その土地に関する借地権(賃借権)が信託財産に属する旨を記載するとよいでしょう。例えば信託目録の記載例として、以下のように明文化します。
(信託目録 抜粋)
次の土地に設定されている借地権(賃借権)は、本信託の信託財産に属する。
土地(所在地〇〇市〇〇、地番〇番〇、地目:宅地、地積:□□㎡)
このように建物の信託目録上に、「当該借地権も信託財産である」ことを明確化します。信託目録は不動産登記簿の一部として誰でも閲覧可能であり、信託内容の重要部分を公示する機能があります(もっとも第三者に詳細な内容を知られたくない場合の配慮も必要ですが)。信託登記の際に上記のような記載を施しておけば、少なくとも利害関係人に対し借地権が信託財産に含まれている事実を認知させる効果が期待できます。
なお、借地権自体の登記(借地権設定登記)は今回は省略しています。地主の協力が得られれば信託前後に借地権登記を付すことも可能ですが、一般に地主は借地権登記に消極的なため実務上は難しいケースが多いです。そのため、建物の信託登記+信託目録での明示という組合せで借地権の信託財産性を担保するのが現実的対応となります。
(2) 信託契約の公正証書化によるエビデンス確保
次に、信託契約自体を公正証書で作成しておくことも有用です。公正証書は公証人が関与して作成する公文書であり、私人間契約の内容を強力に証明する効力があります。家族信託契約を公正証書にしておけば、信託の成立や内容(未登記借地権が信託財産に含まれること等)を将来第三者に示す際にも信用性が高まります。また公証役場に原本が保管されるため、契約書の紛失や改ざんリスクも低減します。信託が長期にわたる場合でも公証役場から謄本を再交付してもらえるため安心です。
特に未登記権利を含む信託では、「いつどのような内容の信託が成立したか」という日付確定と内容証明が重要です。万一、受託者の倒産時などに裁判所で「その財産は信託財産である」と主張する際、公正証書の信託契約書があれば信託の存在を直ちに立証できます。さらに、公正証書には確定日付が付与されるため、信託の効力発生時期をめぐる不当な争いの防止にも役立ちます。以上のように、公正証書化は信託内容の証拠力・安全性を高める手段として強く推奨されます。
(3) 帳簿管理の徹底と信託口口座の活用
未登記借地権の信託では、土地賃借権そのものの登記がない分、受託者の管理実態に即して信託財産を区別する工夫が不可欠です。受託者は信託財産について適切な帳簿を作成・管理し、借地権に関連する収支や現況を常に把握・記録するよう努めます。また、金銭管理には信託専用の銀行口座(信託口口座)を可能な限り活用します。
具体的には、借地権に付随する金銭の流れ(例:借地上建物から生じる賃料収入、地主への地代支払など)を受託者固有の財産と厳格に分けて管理します。金融機関で「○○信託口」と付記された預金口座を開設し、当該信託専用に現金を管理すれば、客観的な公示という観点からも望ましいとされています。信託口口座での入出金履歴により、信託財産たる金銭の流れを第三者にも証明しやすくなり、万一受託者の他債権者から差押えを受けた際にも「その預金は信託財産である」と主張しやすくなるからです。
しかし、日本の金融実務では信託口口座の開設に消極的な銀行も多いのが実情です。その場合は、受託者名義で新規に開設した通常口座を「◯◯信託専用口座」と位置付け、信託契約書にその口座を信託財産の管理口座として明記する方法があります。重要なのは、信託財産に係る金銭を受託者固有の金銭と物理的・会計的に区別し、混同を防ぐことです。例えば借地上のアパート賃料が発生する場合は必ず信託専用口座に振り込ませ、地代支払も同口座から行う、といったルールを徹底します。帳簿上も信託財産の収支科目を独立させ、定期的に受益者等に報告すると良いでしょう。こうした分別管理の実践により信託法34条の義務を果たすと同時に、第三者から見ても当該財産が信託財産であることを主張・認識しやすい状況を作ることができます。
(4) 地主の承諾取得と承諾書の作成
最後に、借地権信託に際して地主(底地所有者)の承諾を確実に得ることが大前提となります。民法612条1項は賃借権の譲渡に地主の承諾を要すると規定しており、信託による借地権の受託者への移転も形式的には賃借人の交替(権利譲渡)に該当します。したがって、信託契約を締結する前に地主に事情を説明し、書面による承諾を得ておかなければなりません。無承諾で譲渡した場合、地主は借地契約を解除できるとされ(民法612条2項)、家族信託だからといって譲渡禁止特約の適用除外になるわけではない点に注意が必要です。
もし地主が承諾しない場合、救済策として借地借家法19条に基づく裁判所の許可制度(いわゆる借地非訟手続)があります。これは「借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合」に地主が不合理に承諾を拒むとき、借地人が裁判所に申立てを行い、一定の条件下で承諾に代わる許可を得られる制度です。裁判所による許可が出れば地主の承諾なく譲渡が可能となります。なお、借地借家法21条により19条の規定に反する借地人に不利な譲渡禁止特約は無効とされます。つまり契約上いかに譲渡禁止が謳われていても、建物譲渡を伴う借地権譲渡については法的に裁判所許可の道が保障されているわけです。
承諾を得る際に実務上問題となるのが承諾料の支払いです。一般に承諾料の相場は借地権評価額の約10%程度とされます。都心部など借地権価格自体が高額なケースでは10%でも相当な負担となり得ますが、交渉次第では減額や免除の余地もあります。特に家族信託の場合、「財産管理のために親族に信託するだけであり利用実態は変わらない」点を丁寧に説明し理解を求めることで、承諾料を減額ないし免除してもらえた実例もあります。実際、信託設定時の受益者が委託者本人(=元の借地人)であり、名義は変わっても借地の使用形態は従前どおりであることを強調すれば、地主にとって実害がないとの安心材料となります。承諾料が高額で支払いが困難な場合は、代替策として任意後見契約や遺言による承継も検討に値します(もっともそれらは信託に比べ柔軟性が劣りますが)。いずれにせよ、地主との交渉は信託組成前の計画段階から十分に行い、不要なトラブルを防ぐことが重要です。
承諾が得られたら、地主から「承諾書」(借地権譲渡承諾書)を交付してもらいます。承諾書には次のようなポイントを盛り込んでおくと良いでしょう。
当事者の明示
現在の借地権者(譲渡人=委託者)と、新たに借地人となる受託者(譲受人)の氏名・住所を明記します。例:「譲渡人(現借地権者・委託者兼受益者)〇〇」「譲受人(新借地権者・受託者)〇〇」。
承諾の対象範囲
どの行為について承諾するのか具体的に示します。通常は「借地権およびその上の建物を信託契約に基づき受託者に譲渡(信託財産として移転)することを承諾する」といった文言になります。さらに、信託期間中の受託者変更や信託終了時に借地権が委託者に戻る場合も包括して承諾してもらうのが望ましいです。承諾書に「本承諾には、信託期間中に受託者が変更されその新受託者に本借地権が移転する場合、および信託契約の終了により借地権が譲渡人に再移転する場合を含む」旨を記載しておけば、将来これら事態が生じても改めて承諾を取り直す必要がなくなります。実際、信託終了による受託者→委託者への名義戻しも法律上は譲渡に当たりますが、元の借地人に戻るだけなので地主の心理的抵抗は小さく、承諾料も通常不要か低廉で済みます。初めから名義戻しを許容する形で包括承諾を得ておくのが理想です。
借地契約条件の維持
信託による譲渡後も従前の土地賃貸借契約の条件が一切維持されることを明記します。例:「本承諾は現行の土地賃貸借契約の地代、契約期間その他一切の条件を変更するものではなく、譲渡後も同一条件が維持される」。これにより地主・借地人双方、契約内容に変更がないことを確認できます(地主にとっても不利益なしと保証され安心感を与えます)。
受益者(元借地人)の使用承諾
家族信託では形式上借地権者が受託者に変わっても、従前どおり委託者兼受益者がその土地上の建物に居住・使用し続けるケースが通常です。そこで受益者による建物使用を地主が承諾する条項も盛り込んでおくと安全です。例:「地主は、信託後も受益者〇〇(譲渡人)が本借地上の建物を占有・使用することを承諾し、これが受益権の享受および受託者による管理行為の一環であって賃貸借契約上の無断転貸に該当しないことを確認する」。こう記載しておけば、受益者の占有が無断転貸ではないことを明確にし、後日の誤解や紛争を防止できます。
建物の建替えに関する取扱い
借地契約によっては、借地上建物の増改築・建替えに地主承諾を要する特約が定められている場合があります。信託期間中に建物の老朽化等で建替えの必要が生じる可能性も考慮し、建替えに関する承諾手続についても言及しておくと親切です。例えば承諾書に「本借地上建物の建替えについては従前の賃貸借契約条項に従うものとし、初回の建替えに限り地主は承諾料を請求しない」等の特約を入れるケースもあるようです。(実際には個別交渉事項ですが、将来を見据えた合意事項として記載可能です)。万一承諾が得られない場合には裁判所の許可を求めることもできます(借地非訟手続の対象)。
担保提供(融資)の承諾
信託した借地権・建物を担保に金融機関から融資を受ける場合にも、地主の抵当権設定承諾が必要となるのが通常です。多くの金融機関が融資実行の条件として地主の承諾書提出を求める運用だからです。この抵当権設定承諾書(融資承諾書)は通常、金融機関所定の書式で別途取り交わしますが、信託スキームを組む段階で地主に融資予定も含め相談しておくと安心です。借地上の建物を担保にローンを受けること自体は可能ですが、地主承諾が得られないと融資は難しくなります(抵当権設定については裁判所許可制度が使えません)。信託組成時に資金調達の見込みがある場合は、この点も踏まえて地主と合意を取っておきましょう。
承諾の限定事項
承諾書の末尾には「本承諾は借地権の信託譲渡およびこれに付随する受託者変更等にのみ関するものであり、その他の契約条件や当事者の権利義務を新たに変更・制限するものではない」旨を明記します。これは承諾の効力が限定的であることを確認する条項です。信託絡みの譲渡・名義変更を許諾するだけで、従前の賃貸借契約上の地位や条件には一切影響を及ぼさないことを当事者間で確認する趣旨です。地主にとっても「知らぬ間に契約内容を改変されるのでは」という不安を和らげる効果があります。
以上が承諾書に盛り込む主なポイントです。承諾書にはこの他、承諾日付や借地物件の表示(所在地、地番、地積など)も正確に記載し、後日の証拠として明確な書面にしておくことが重要です。
地主の視点と承諾書の効力
地主の視点から配慮すべきは、まず「この譲渡(信託)で地主に不利益が生じないか」という懸念です。承諾書で契約条件不変更や受益者の使用継続等を明示することで、経済条件は従前どおり・利用実態も変わらないと伝えられます。特に受益者=元借地人の占有継続は「これまでと同じ人が使うなら安心だ」という印象を与え、無断転貸リスクへの不安を軽減します。地主にとって、新たに見知らぬ第三者が入るより事情を知る元の借地人(とその家族)が関与する方が心理的抵抗は小さいでしょう。
次に賃料等の支払い確実性も懸念点です。受託者が信託財産を管理するとはいえ、実質的な支払い原資は受益者の資力に依存する場合が多いため、地代滞納などが起きないか心配されることがあります。交渉時には「信託後も従前どおり地代は確実に支払い、迷惑をかけない」ことを約束し、信頼関係を保つよう努めます。場合によっては信託契約上で地代支払い遅滞時の措置(受託者の責任等)を定めていることや、信託設定の目的(例:委託者高齢による認知症対策)を説明し、地主の理解を得るようにします。このように地主にとって契約上の実害や不安がないと示すことが承諾取得のポイントです。
地主から書面承諾を得ておけば、少なくとも現地主に対しては信託に伴う借地権譲渡について異議を述べられる心配がなくなります。承諾書は後日の証拠となるだけでなく、地主自身が譲渡を認めた事実を示す重要書面です。将来地主が交代した場合(地主が底地を第三者に売却した場合など)でも、新地主は従前の賃貸借契約を引き継ぐ立場にあるため、通常は以前の承諾も拘束力を及ぼすと解されます。もっとも、新地主がその承諾書の存在を知らない可能性もあるため、信託期間が長期に及ぶ場合は承諾書原本を大切に保管し、必要に応じ提示できるようにしておくべきです。承諾書に盛り込んだ将来の受託者変更や名義戻しについては一通の書面で包括承諾を得ている形ですが、念のため実際に受託者が交代した場合や信託終了時には地主(または新地主)へ事前に報告し了承を再確認しておくのが望ましい実務対応です。そうすることで信頼関係を損ねず円滑に地位移転が行えるでしょう。
万一、地主がどうしても承諾しない場合には前述の裁判所許可制度(借地借家法19条)の出番となります。家族信託絡みの場合でも、受託者から第三者への売却譲渡、信託終了後の借地権処分(第三者への譲渡)、信託終了による委託者への名義戻し等はいずれも「建物を第三者に譲渡する場合」(借地借家法19条1項)に該当すると解されています。裁判所の許可が下りれば地主の承諾なしに譲渡可能です。許可申立ての審査では譲受人となる者の資力・信用や承諾拒否に正当な理由がないか等が考慮され、必要に応じて条件調整(承諾料の供託や地代増額等)がなされます。家族信託での借地権承継でも最終的にはこの制度がセーフティネットとして機能します。ただし裁判所手続は時間・費用がかかるため、可能な限り任意の承諾を取り付ける方が望ましいことは言うまでもありません。専門家としては、信託スキーム設計の段階から地主対応まで見据え、承諾書の内容や手続について適切に助言・準備することが求められます。こうした周到な対応により、家族信託による借地権の承継・処分も法の枠内で円滑に進めることができるでしょう。
実務対応の流れ(まとめ)
最後に、未登記借地権を含む不動産を家族信託する場合の一般的な手順を簡潔にまとめます。
事前準備と調査
借地契約書や登記簿を精査し、借地権の態様(地上権or賃借権)・建物登記状況・契約条件を確認します。特に建物が借地人名義で登記されているか、土地賃借権の登記があるか否かを把握します。信託の必要性・目的も含め、受益者や関係者と基本方針を共有します。
地主の承諾
地主(管理会社があれば管理会社)にコンタクトを取り、家族信託に伴う借地権譲渡の承諾書を取り付けます。ケースバイケースですが、信託の制度についての説明資料、信託契約書の概要書、承諾書のサンプルなどを用意しておくと、丁寧な印象となり、また、円滑に進行する可能性が高まります。
信託契約書の作成(公正証書化)
信託目的・当事者・信託財産(借地権および借地上建物)・受益者権利・信託期間・終了時の帰属権利者などを定めた信託契約書を作成します。可能な限り公証人役場で公正証書にし、契約内容と成立日時に確定的な証拠力を持たせます。
信託登記等の手続
信託契約の効力発生(公正証書作成日など)と同時に、不動産登記の申請を行います。具体的には借地上の建物について委託者→受託者への所有権移転登記を申請し、併せて信託の登記(信託目録の新設)を行います。信託目録には借地権も信託財産である旨を記載します。登録免許税等は発生しますが、受託者の分別管理義務履行と借地権対抗力維持のため必須の手続です。地主承諾書があれば併せて提出し、登記識別情報等を受領します。
信託財産の移管と管理開始
受託者は信託口座等の必要な預貯金口座を開設し、信託財産たる金銭を預け替えます。借地上建物の賃料収入がある場合は借主に振込先変更を通知し、地代支払いも信託口座から行います。信託専用の帳簿(会計記録)を整備し、信託財産の収支・残高を記録します。受益者に対して定期的に管理状況を報告し、信託財産が適正に分別管理されていることを示します。
信託期間中の対応
信託期間中に建物の建替えや担保提供(融資)など特別な行為をする場合、事前に地主の承諾を得ます。受託者が交代する際や信託内容を変更する場合も、当初の承諾書に基づき地主へ報告し了承を再確認します。万一地主が交代した場合は、新地主に信託の趣旨と既存承諾書の存在を説明し、円滑な契約継続を図ります。受託者は常に忠実義務・善管注意義務を意識し、信託目的に沿って借地権および建物を管理します。
信託終了時の手続
信託契約で定めた終了事由(受益者の死亡等)が発生したら信託を終了させます。借地権および建物は帰属権利者へ移転させる必要があるため、所有権移転登記(信託抹消登記)を行います。この際も法律上は借地権譲渡にあたるため、あらかじめ承諾書で許諾されていればスムーズですが、漏れていた場合は地主に承諾を求めます(または裁判所許可を申請)。信託財産の金銭も含め、残余財産を受益者または帰属権利者へ交付して清算します。最後に受託者として関係者へ報告を行い、信託事務を完了します。
以上のプロセスを丁寧に踏めば、未登記借地権を含む家族信託でも法律上のリスクを抑えつつ円滑な財産管理・承継が実現できるでしょう。借地権は権利関係が複雑で慎重な取扱いが必要ですが、借地借家法や信託法の規定を正しく理解し、関係者間で十分な合意形成と証跡整備を行うことで、安全かつ効果的な信託スキームを構築することが可能です。本稿の解説が、専門家の皆様が現場で適切な判断と対応を行う一助となれば幸いです。





